世界有数の海軍力を誇る海上自衛隊に、外国人が興味津々!

緊迫する北朝鮮情勢や南シナ海における中国の強引な海洋進出など近頃日本の海が騒がしい。こうした状況下で、その存在感を増しているのが、海上自衛隊だ。平時の海上警備は海上保安庁にその任があるが、いざ有事となれば海上自衛隊が日本の海の防衛に当たる。できればそんなシチュエーションは避けたいものだが、日本だけが国際情勢と無関係でいることは不可能だ。

世界有数の実力を備えているといわれる海上自衛隊と、日本における海上防衛、海軍の歴史を紐解いてみよう。

 

Text by Kazuki Otsuka

 

世界有数の“海軍力”を持つ自衛隊

軍事分析会社グローバル・ファイヤーパワー(Global Fire Power)が2017(平成29)年に発表した『世界の軍事力ランキング』によると、日本の自衛隊は韓国、ドイツなどを抑えて7番目の軍事力を持つと評価されている。GFPによる評価は、予算規模から軍人数、装備の充実、地勢による有利不利を加味した総合評価として信用の高いランキングだ。

海上自衛隊が属するカテゴリ、つまり海軍力に限っていえば、世界の軍事評論家や分析会社の評価はさらに上がり、どの資料でもほぼ5位以内にランクインしている。

「攻撃型空母を自衛隊が保有することは許されない」とする政府の公式見解があるなかで「事実上の空母」と呼ばれるヘリコプター搭載型護衛艦「いずも」は、全長248m、最大幅38mを誇り、2018(平成30)年の時点でいずも型護衛艦2番艦の「かが」と並んで海上自衛隊最大の艦艇だ。

いずも型護衛艦は、全通甲板を装備しており、哨戒ヘリコプターなど9機を搭載、運用可能だ。ひと回り小さいヘリコプター搭載型護衛艦に「ひゅうが」と「いせ」があり、海上自衛隊は実質的な空母4隻体制を敷くことになる。さらに「こんごう型」、「あたご型」のイージス艦を有しており、これを持って日本の海軍力はアジア最強といった分析評価がなされることが増えてきている。もちろん原子力潜水艦は保有していないが、巡洋艦と駆逐艦保有数はアメリカ、ロシアに次いで世界3位となっている。

改憲議論が話題になっている昨今、自衛隊の実質的な戦力について触れにくい空気はあるが、海上自衛隊のオフィシャルサイトによると新防衛大綱の下、

新たな安全保障環境を踏まえて、「新たな脅威や多様な事態への実効的な対応」、「国際的な安全保障環境の改善のための主体的・積極的な取組」、さらには防衛力の本来の役割である「本格的な侵略事態への備え」を防衛力の役割としており、それぞれの分野において実効的にその役割を果たし得るものとし、このために必要な海上自衛隊の体制を効率的な形で保持する。(海上自衛隊とは)

とされている。

海上自衛隊の火力を誇ったり、戦力を持つことの是非、または戦力かどうかの議論をここでするつもりはない。この項では、歴史を遡りながら、島国日本における海軍力について考えてみたい。

 

日本の海の安全保障を担った海賊たち

食料や燃料など国民生活関わる重要な物資を海外から運んできている日本では、海上輸送網こそ生命線だ。海上自衛隊が担う防衛もこの海上輸送網をはじめ、海の安全や交易、流通を円滑に促すために活動している。

現在の海上自衛隊と直接のつながりはないが、島国・日本ではこうした海上の秩序や安全を守る存在がその時々にいた。“海賊”は、その代表格といっていいだろう。海賊といっても、パイレーツ・オブ・カリビアンに登場するような西洋風の海賊ではない。室町・戦国時代に勇名を馳せた村上水軍は、海上のスペシャリストとして陸の大名勢力を時に苦しめ、時に力を与えた。

瀬戸内海の覇権を手にした村上水軍は、海域を行き来する輸送船の水先案内役や警護を買って出ることで収益を得ていたという。村上水軍は毛利家とのつながりが強かったが、商人や大名にとって海賊たちは貴重な海の戦力だっただけでなく、通商を保障する保険でもあった。村上水軍や当時の海賊たちは海の安全や流通を滞りなく進めるための役目も果たしていたのだ。

当時日本最強の水軍戦力を有するといわれた村上水軍は、豊臣秀吉が、刀狩令と同時に発布した海上賊船禁止令によって、再編を余儀なくされた。自らも信長から受け継いだ九鬼水軍を率いた秀吉は、水軍、海賊を脅威に感じ、自らの手中に収めることが天下統一、治世の安定につながると考えたのだろう。

さらに遡っても、日本の歴史から海と船、そこに乗り込んだ人間たちの物語がついて回る。街道の整備されていない時代では、陸路より海路のほうが何倍もスピーディーに移動できたし、白村江の戦いのように船団を設えて大陸に派兵したこともあった。

また、13世紀から16世紀にかけての朝鮮半島ならびに中国大陸沿岸部には、瀬戸内海、九州北部を拠点にする倭寇がいた。倭寇は現在我々が想像する“海賊”のイメージに近い略奪行為を働くこともあったが、時の権力者の力が及ばない海で独自の共同体を形成する集団ともいえた。私的な貿易、密輸などで交易を行っていたため日本側、当時の朝鮮、中国側の“正規軍”から敵視はされたが、民族を問わず海賊として生きる彼らの多様性が大陸と日本に与えた影響は少なくない。

 

日本海軍の礎となった“2人の父”

後年下って、日本が国家共同体として「一つの国」になると、海軍戦力の意味合いにも変化が訪れる。日本海軍の直接の祖と考えられるのが、1853(嘉永6年)年の黒船来航により急速に高まった「外患(がいかん)」に抗して整備された海軍だった。

口火を切ったのは、勝海舟。『海防意見書』が、幕府の目に留まり、海軍士官養成機関と海軍工廠の創設につながっていく。勝の創った海軍操練所からは坂本龍馬や陸奥宗光など、新時代を切り拓く若者が多く輩出されたことも見逃せない。勝は明治維新後、海軍省の初代海軍卿に就任している。

列強の脅威から軍備を進めた日本海軍は明治期に大きな戦功を上げることになる。日清・日露戦争の勝利だ。この二つの勝利は、日本海軍“生みの親”である勝海舟と、それを受けて実戦部隊に鍛え上げた“育ての親”山本権兵衛の功績が大きいといわれている。

特に日露戦争での勝利は、世界の国々の度肝を抜いた。当時のロシア・バルチック艦隊は自他共に認める世界最強の海軍だった。東欧や中央アジアに進出し、長い間怖れられていたロシアに、つい最近まで国際社会で耳にすることのなかった小国が勝利した。しかも海戦では、東郷平八郎率いる艦隊がほぼ無傷で勝利を収めた。このニュースは、欧米では「無敵艦隊」のスペインをネルソン提督率いるイギリス海軍が下したアルマダの海戦か、それ以上の番狂わせとして受け止められた。

海軍を率いた山本は、早くから大国ロシアを標的とし、戦局の鍵を握る海軍の軍備を進めた。年齢や序列にこだわらず、艦隊を率いる有能な指揮官を育成・抜擢し、開戦直前に東郷平八郎を連合艦隊司令長官に大抜擢した。限られた時間、財政、人材のなかで明確な目的を定めてついには下馬評を覆す勝利を得た山本は、海軍の誇るトップリーダーとしていまなお尊敬を集めている。

第二次山縣内閣の下、海軍大臣として入閣した山本は、日露戦争での功績が認められ、後に第16代、22代の内閣総理大臣も務めている。

勝海舟と、山本権兵衛。この二人の先見の明がなければ、当時の日本はまったく違う未来を迎えていた。現在ではこの二人は“日本海軍の父”と呼ばれその功績がたたえられている。

 

わずか30年で巨大艦を建造

日露戦争で世界にセンセーションを巻き起こした日本海軍は、大正期の1920(大正9)年には世界第3位の海軍力を誇るといわれるまでに成長を遂げた。太平洋戦争でも、アメリカ、イギリス、オランダ、オーストラリアと太平洋海域で激戦を繰り返し、序盤では優勢に戦いを進めた。歴史をなぞるのが目的ではないので詳細は省くが、ミッドウェー海戦で空母4隻、航空機約300機を失った日本海軍は、急速に敗戦へと戦局を傾けることになる。日本軍にとって海軍力がいかに需要か、島国である日本の領土を守るためには海軍力こそが必要だと思い知らされる出来事だった。

海軍力の急激な充実は、世界に「日本の技術力」を見せる大きなきっかけになった。江戸時代、一部の国との交流はあったにせよ鎖国政策を敷いていた日本が、急激な近代化で造船技術を確立し、西洋式の軍艦を造り上げたことは、当時の列強からすれば驚きのひと言だったに違いない。さらに第一次世界大戦を経て、排水量、主砲口径などで最大を誇った大和型戦艦を建造するに至った。

大和型戦艦一番艦「大和」と二番艦「武蔵」は、四方を海に囲まれ、いつどの方向から攻められるかわからない日本が送り出した「いま持てる最高の矛にして盾」だった。

それまで外国産の戦艦を購入していた日本が、国産初の薩摩型戦艦造船からわずか30年で世界一の戦艦を建造したことという事実は、現代に至るまで海外から日本のイメージでの象徴である「ものづくり日本」にも少なくない影響を与えている。

 

海上自衛隊がアジア最強の海軍力を有するワケ

話を現代に戻そう。最新鋭の巨大艦「いずも」と「かが」の就航によって、海上自衛隊は「アジア最強の海軍戦力」とみなされるようになった。もちろん、「いずも」も「かが」も空母ではなくヘリコプターを搭載する護衛艦であるというのが日本の立場だが、導入が予定されているステルス戦闘機F-35Aをいずも型護衛艦で運用することを前提の改修を検討しているという報道もある。

こうした報道について小野寺防衛大臣は2017年末、「最新鋭戦闘機F-35Bの導入や、護衛艦『いずも』の空母への改修に向けた具体的な検討は、現在行っていない」と会見で述べているが、東アジアの緊張が高まるなかで、日本の生命線ともいえる海の安全を守るために防衛力の整備を充実させていく方針は変わらない。

「日本の防衛力はアメリカ頼み」とよくいわれるが、戦力を放棄している日本では語られない真実もある。アメリカでは、日中開戦のシナリオを検討する軍事分析会社や評論家が少なくなく、その多くが、日中二国間の軍事衝突が起きれば日本が圧勝するというものだ。たとえシミュレーションでもそんな物騒な話は考えたくないものだが、数で上回る中国海軍に日本が勝っている点としてあげられているのが、「戦力の質」だ。

アメリカ外交誌『フォーリン・ポリシー』に2012(平成24)年に掲載されたジェームズ・R・ホルムズ米海軍大学准教授の研究論文には、「海上自衛隊の艦艇の質と人員の能力は中国海軍の数的優位を部分的に相殺するか、全面的に覆す」との考察がある。高性能レーダーや情報処理システムを搭載するイージス艦を駆使して行われる現代の海戦では、単純火力だけで戦力の優劣が決まらない。こうしたハイテク軍備の扱いに長けている日本の海上自衛隊は、戦力としても世界トップクラスだというのだ。

訓練では身につかない練度があるという指摘もあるが、同レポートではアジア海域で危機を想定して独自訓練、または合同訓練を重ねている日本のほうが練度は上と評価している。むしろ中国海軍の経験のなさ、ハイテク機器の扱いの熟練度のなさが実力を下げていると指摘する。

日本を「平和ボケ」「他人任せ」と自戒する声もあるが、防衛という観点で見れば、わが国の自衛隊員たちが高い緊張感を持って任務にあたっているのは間違いない。

「有事」は起きないに越したことはないし、海上自衛隊の出番もないのが一番だが、歴史を振り返っても地政学上海からやってくる脅威への備えは必要不可欠。

もちろん海上自衛隊には、国民の生活の基盤となる海上輸送網の安全を確保するという大目的がある。これは、かつて日本の海を自由に航行していた“海賊”たちが、その戦力を勢力間の軍事行動にだけ行使したわけではなく、周辺海域の安全に寄与したのと同じこと。広大な海を有し、海から数え切れない恩恵を受けている日本国民として、海の安全を守る海上自衛隊について考えてみることも必要だろう。

 

 

※本文内に含まれる情報は『JAPAN CLASS 第16弾』発売時(2018年2月刊)のものです。

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