ニッポン人は虫を飼うってホント!? 日本人と虫との関係に、外国人驚愕!

虫捕り網を片手に、虫かごをぶら下げた半ズボンの少年はさすがに見かけなくなったが、「虫捕り」は依然として夏休みのアクティビティとして人気だ。日本人にとっては当たり前のこの文化、実は外国ではポピュラーではないどころか、まったく未知の活動だという。どうやら虫を飼ったりその生態を観察したり、なかばペットとして扱うのは日本だけの文化らしい。なぜ日本人は虫を愛でるのか? その理由は日本の地理的環境や歴史、日本人の自然観にも及んでいた。

 

Text by Kazuki Otsuka

生物多様性の国で
一際存在感を放つ「虫」
夏休みの自由研究といえば、カブトムシやクワガタ、珍しい蝶やトンボ、バッタ、鈴虫なんかを捕まえる昆虫採集や捕った虫を観察する昆虫観察が定番だが、日本人なら子どもの頃に一度は経験したことがありそうなこのイベント、多くの外国人にとっては「なにその不思議な習慣」「なんで虫を捕るの? は? 飼うって虫を?」と質問攻めにあうくらい奇異なものだという。
日本人にしてみれば、海外、特に欧米で虫を飼う文化がないという事実が驚きなのだが、実はこれ、虫を家の中で飼育する日本のほうが圧倒的に少数派なのだ。
その理由はいくつか考えられるが、今回は異なるいくつかの視点から、なぜ日本人は虫を飼うのか? 虫を愛でる文化があるのか?について考えたい。
その理由として第一に、日本の地理的条件を挙げたい。南北に長く気候が変化に富み、多様な生物が生息する日本列島にはそもそも虫がたくさんいる。国土の70%を占める森林はまさに虫たちにとってパラダイス。開発によって自然が失われたとはいえ、都市部からすぐ近くに山や森林がある日本固有の国土は変化しようがない。山々を水源にした河川が流れ込む平野部も、虫にとっては安住の地となる。
現在、日本で確認されている昆虫は3万数千種といわれているが、毎年新種も発見されていて、実際はこの数倍はいるとされる。日本列島全体に生息する生物すべてを合わせた数が約9万種だということを考えると、わが国は多様な虫が生息する“虫王国”といえるだろう。
ちなみに、「虫」と「昆虫」の違いについては、なかなかややこしい。学術的な生物の種別でいう「昆虫」は、「脚が6本で体が頭、胸、腹の3つに分かれ、一対の触角を持ち、身体が体液で満たされている」ものを指すが、「虫」は、「人類・獣類・鳥類・魚類以外の小動物の総称」とされている。「蛇」や「蛙」にむしへんが用いられていることからわかるように、古の日本における「虫」はもっと広い範囲の小動物を指し示す言葉だった。
現在は「虫」=「昆虫」かと思いきや、ことはそう単純ではない。脚が8本あり、身体が2つに分かれている蜘蛛や、数十本の足を持つムカデ、ヤスデやダンゴムシ、貝の仲間であるナメクジやカタツムリなど、昆虫の定義から外れた生物も多くの人は虫と認識している。虫という言葉の成り立ちと使われ方の歴史を考えると、こうした認識を間違いとはいえない。本稿では、「昆虫」ではなく、古くから日本に根付く「虫」で話を進めるが、日本人が虫を身近に感じる理由のひとつに、「その他の小動物」というざっくりとした広範な定義で虫を認識していた歴史が関わっているのかもしれない。

 

水田が虫のゆりかごに?
農耕民族ならではの環境
豊かな森林と並んで、虫たちにとっての生命のゆりかごになったのが水田だ。農耕民族である日本人は、縄文時代の終わり頃から水田で米作りを行ってきた。米作は日本人の食を担ってきただけでなく、ゲンゴロウやトンボなどの水生昆虫の住処を提供し続けてきた。都市開発によって安住の地を追われた生物が絶滅の危機に瀕しているのは世界共通の課題だが、日本がこれまで生物多様性を維持することができたのは、太古の生育地であった湿地帯の代替として水田という環境が存在し続けたからともいえるのだ。
童謡にも歌われ、日本人に馴染みの虫であるトンボは、3億年前から森林と湿地を行き来しながら生きてきた生物だ。日本に生息するその名もムカシトンボは、ジュラ紀の残存種と考えられ、「生きた化石」と呼ばれている。ムカシトンボが従来の姿を留めながら生き残れたのも水田を中心とする疑似湿地帯を人間が提供し続けてきたからだという説も唱えられている。
日本の農業と虫の関わりは共存共栄を地でいく。人間の生活に役に立つ虫のことを益虫と呼ぶが、蛾や蝶、バッタなど作物を荒らす害虫を餌とするトンボはこの代表格。収穫期の秋になると田んぼの上空を飛び交うトンボは、日本をあらわす心象風景の一つだろう。
益虫を利用した農業の進化は実は現在も続いている。農研機構中央農業研究センターでは、生物的防除グループというところで、総合的病害虫管理(IPM)技術の開発を行っている。アブラムシを食べる“飛ばないテントウムシ”、ナミテントウムシは害虫の居場所に留まって補食をし続ける優れものとして重宝されているし、タバコカスミカメというカメムシの仲間は数ミリの小さい害虫を捕食する益虫として活用されている。研究が進んだことで、益虫を農薬の代わりに用いるような使い方も増えているのだ。
いわゆる外来種を話題にした「池の水を全部抜く」テレビ番組でも日本の固有種が話題になるが、水田のための水源としてつくられた人工地、用水路、田んぼなど人為的につくられた環境が、昆虫や水生生物、魚類や鳥類の生物多様性を守り続けてきたのだ。虫を飼う文化は、生物多様性と、農耕民族が暮らす日本ならではの環境が支えた文化という考え方もできるだろう。

 

『ムシキング』もクールジャパン?
日本発で世界に再発見される虫の魅力
一方、海外にも益虫という考え方はあるにはあるが、徹底的に害虫を駆除するために天敵を仕向けるという考え方が多いようだ。自然と共存することで大きな恩恵を受けてきた日本とは違い、自然を克服することで生活範囲を広げていった欧米では、虫もやはり征服すべき物だったとも考えられる。農耕民族と狩猟民族の違いもあるため、善悪で語るわけにはいかないが、こうした生き方、暮らし方の違いが、虫との付き合い方のスタンスにあらわれているのは間違いない。
「じゃあなんでゴキブリは飼わないの?」
外国人にこう聞かれたら戸惑うように、たしかに害虫扱いされているものを飼う文化はない。自分の都合で生物を益か害かに分けるのも身勝手な気がしないでもないが、一般の欧米人にとって虫全般は、そもそもあまり触れる機会もなく、自分たちとは異質なもの、基本的に害虫だととらえている節がある。カブトムシやクワガタを「かっこいい」ととらえるのは日本人が歩んできた歴史があってこその感覚で、「で、ゴキブリとどう違うの?」といわれると、たしかに論理的な答えを返す自信がなくなってしまう。
2003年に登場したカードゲーム、『甲虫王者ムシキング』は、こうした日本人の虫への親しみを世界に輸出するきっかけにもなった。ゲームセンターなどのアミューズメント施設向けキッズカードゲームであるムシキングは、さまざまな虫をカード化して強さを競い合うものだ。アニメ化、映画化などマルチメディアで人気を博し、カードゲームの公式大会開催数はなんと10万回を超え、ギネス世界記録に認定されている。
世界展開を果たしているが、特に人気だったのがシンガポール、台湾、タイ、フィリピン、マレーシア、香港などのアジア圏。『ポケットモンスター』のように欧米での爆発的なヒット!とならなかったのは、やはり主役が虫だったせいといってはいい過ぎだろうか。とはいえ、ムシキングや虫ヒーローの先輩『仮面ライダー』、日本の虫を飼う文化をアニメなどで間接的に目にした外国人が、虫への見方を新たにしたというケースも少なくなく、インターネットを介して日本発で虫のクールさが再発見されている現象も起きている。

 

「虫の声」を味わう日本人と
「虫の音」に反応する外国人
もう一つ、外国人が虫を飼ったり愛でたりする文化がない理由に、「虫の声」がある。
夏には短い生を惜しむかのように大音量をあげる蝉時雨、夏が終われば代わってスズムシやマツムシ、秋の虫たちの虫時雨がやってくる。俳句の季語にもなっているこうした虫の声は、実は外国人には聞こえていないという説がある。
東京医科歯科大学の名誉教授で医学者である角田忠信氏の著作『日本人の脳』によると、母音を使用する日本語を使う脳と、子音を中心にするその他の言語を使う人の脳では、虫の声の聞こえ方に違いが生じ、日本語とポリネシア語以外の言語使用者は、虫の声を雑音としてしか認識できないという。曰く、西洋人は虫の音を音楽脳である右脳で処理し、日本人は言語脳である左脳で聞いている。
脳は人体の中でも「わかっていないことが多い」器官なので、ポリネシアンを除く外国人は虫の声が聞こえないとするのはいささか乱暴な気もするが、少なくとも欧米人にとって虫の音といえば蚊が飛ぶ羽音を示すモスキート音、ハエ、蜂の羽音など、あまり心地よいとはいえないものを連想させるらしい。これらはあくまで虫の発する音であって、虫の声とは違う。しかもこの違いは人種の違いによるものではなく、使用言語によって変化し、日本人でも英語しか話せない人は右脳で、外国人でも日本語だけを話す人なら左脳で感じるのだ。虫の鳴き声を「声」として認識するのは感性よりも、脳の使い方がはじめにあるというのは面白い説ではないだろうか。
マツムシが「チンチロリン」と鳴き、スズムシが「リーンリーン」、キリギリスが「キリキリ」、「ガチャガチャ」鳴くクツワムシ、「スイッチョン」のウマオイ……。どう聞こえるのかには個人差があるにしても、日本人はたしかに虫の「声」を聞いている。
新元号で話題の日本最古の歌集の『万葉集』にも虫の声を詠んだ歌がいくつもあるのをはじめ、平安時代には貴族が野外で虫の声を聞く催し「虫聞き」を度々開催し、捕まえてきた虫を自らの庭園に放ってその声を楽しんだり、宮中に美声の虫を献上したりする「虫選び」などの風習があったと伝わっている。町人文化華やかな江戸中期になると、スズムシなどの「鳴く虫」を育てて売る虫売りも登場していたというから、カブトムシがデパートで売られていると嘆くのはお門違いなのかもしれない。
こうした風俗を見ていくと、日本人が歴史的にも虫の声に情緒を感じてきたことがよくわかる。育て、見るだけでなく、声を聞くとことも日本人にとって虫の鑑賞法なのだ。

 

ファーブルは
実はフランスでは無名だった?
海外では虫を飼ったりしないと聞いて、引っかかるものを抱えたまま読み進めた人もいるかもしれない。誰か忘れていませんか?と。そう、日本の子どもたちの虫好きに多大な影響を与えたファーブルのことは触れないわけにはいかないだろう。
1878(明治11)年に出版が開始された『昆虫記』は世界中で翻訳されていて、日本でも『ファーブル昆虫記』として、現在に至るまで親しまれている。『昆虫記』は、昆虫の習性を書きあらわした研究書ではあるが、論文調ではない読みやすい文体で広読まれることになる。
日本では、「昆虫といえばファーブル」となかば代名詞化しているが、実はこのファーブル、母国フランスでは、研究者としての功績以上に一般的にも知られているかというと日本ほどの知名度はない。「フランス人はファーブルと聞いても誰も知らない」とまではいえないが、日本人のほとんどがファーブルといえば昆虫の人と思い当たるのに比べれば、フランスでは無名といっていいレベルなのは間違いのないところのようだ。
これは、日本で『昆虫記』が子ども向けの書物として広まったのに対し、フランスやヨーロッパ諸国、アメリカではこうした目的での書物が発刊されていないという事情がある。日本のほか、中国、韓国、ロシアでは『昆虫記』を子ども向けにした書籍が発刊されていて、それなりの知名度を持っているようだ。
もちろんこの裏にも、そもそもの「虫への関心」という大きな問題が横たわる。ファーブル昆虫記は、元々虫を身近に感じていた日本人にとって非常に興味の持てる題材であり、虫の生活や生態を知ることのできる非常に「面白い」読み物だった。しかし、虫自体にさほど興味がない欧米人には、ニッチな分野の研究書か、詩人でもあったファーブルの文章に魅力を感じた人しか読まないものだったというわけだ。

 

実は教育にも効果がある
Why Japanese people!な虫を飼う文化
ファーブルが生き生きと綴った虫たちの生態にワクワクしたように、日本の子どもたちには昆虫観察という特殊な?趣味がある。日本の学校に夏休みの自由研究があるからこそ生まれたものともいえなくないが、この通過儀礼のおかげで、現在でも虫の生態を観察するために昆虫採集をし、経過観察を日記にする文化が育まれている。近年ではアリの巣の断面を観察できるようになっている教材や、ダンゴムシ飼育観察キット、カブトエビ飼育キットなどがパッケージ化されて人気を博しているが、数十年前の子どもたちは空き瓶などを上手に使ってアリの巣の断面を観察したり、自分で捕まえた虫を夏休み以降も育てることでペット化してきた。
ここまで長く説明してきたように、虫に親しみを持たない海外には「虫捕り」という文化もない。必然、虫捕り網も日本ほど流通しておらず、捕獲網、捕虫網とでも呼んだほうがいいほど専門的なものだ。捕獲網で採取して、飼育するのではなく研究やコレクションのために標本化する研究者はいても、短パンで虫捕り網を振り回す少年はどこにもいない。
日本独自の虫捕りの文化だが実は近年、教育界からは再注目されている。スマホやゲームが遊びの主体になった子どもたちにとって、虫捕りや昆虫観察は、自然、生身の生き物に触れる貴重な機会でもある。
図鑑で見て「知っている」昆虫を、実際に見て、触れて、育てるという行為が、バーチャルと現実を行き来するトレーニングになる。犬や猫のペットも同じだが、飼育することで生と死、命に触れる機会を得ることができる。幼虫がサナギになり、やがて立派な蝶々へと羽化する経過を観察すること、土の中で幼虫時代を過ごし、成虫として地面に出てくる虫たちを目の当たりにすることで、生命の誕生の神秘や命のはかなさを体感できる。虫捕りの教育効果はスマホ時代、ネット社会にこそ重要だというわけだ。
そもそもの地理的環境、そして主食である米作との関係、さらに脳の使い方など、日本人が虫を飼い、虫を愛でるのにはこれだけの理由があった。日本列島、日本人、日本でしか起きえない必然が重なり、虫を飼う文化ができたことを考えると、外国で虫を飼わないことは当たり前とさえいえる。
一つひとつを見ると別々のことのようだが、これらはすべてつながっている。豊かな森林があったから古代から虫が身近にいて、水田によって虫が住処を得て、その虫とうまく共生するために益虫という考え方が生まれた。虫が近くにいたからこそ日本人は虫に親しみを感じ、その鳴き声に季節を重ね、情緒を感じることになったというわけだ。

 

 

※本文内に含まれる情報は『JAPAN CLASS 第23弾』発売時(2019年5月刊)のものです。

関連記事

  1. 2019-8-14

    ニホンゴって難しいの?

    普段なにげなく使っている日本語。我々日本人にとってはなにも難しいことなどないのだが、外国人がいざ習得…

注目の記事

  1. 古くから日本人と深いつながりを持っていたキツネ。日本人の印象ではいたずらっ子だけどどこか憎めないヤツ…
  2. 和歌に端を発し、室町時代には庶民のあいだで流行。松尾芭蕉がその芸術性を高め、正岡子規によって成立した…
  3. 1870年代、ゴールドラッシュに沸くアメリカで作業着として誕生したジーンズも、いまではカジュアルファ…

カテゴリーから探す

年月から探す

日付から探す

2019年7月
    8月 »
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

JAPAN CLASS(書籍)

ページ上部へ戻る